第3回 エンジニアリングチェーンを強化し、価値と競争力 の再構築を図れ 後編

株式会社O2 代表取締役社長 松本晋一氏 × レクサー・リサーチ/中村昌弘
松本さんは大手化学メーカからITベンチャー企業、コンサルティングファームを経て、2004年3月にO2を設立された。ECM(エンジニアリングチェーン・マネジメント)を切り口に製造業の設計・開発領域の改革を提案している。現場に入り込み、達成にまでかかわる実現力を武器に、日本の名だたる大手企業の内部改革を進めてきた実績を持つ。当社もアプローチは異なるが、仮想工程計画・生産ラインシミュレータ「GP4」や生産システムシミュレータ「GD.findi」をベースにしたプロダクトを開発し、設計から量産までの基本プロセスをどう改革していくのかという点で、日本の製造業を支援させていただいている。そういう中で、松本さんの活躍の素晴らしさや製造業における業務改革の難しさを理解している。「手も出せば口も出す」をモットーに、クライアントから絶大な支持を得ている松本さんと、「今からのものづくり」をテーマに議論を進めていく。

地域産業に競争力を取り戻す「株式会社山形」構想
松本 その結果というのも、会社の業績よりむしろ、地域が潤い、笑顔をもたらすことがわれわれの目標。金型業界の皆さんは下を向きがちなので、堂々と上を向いて仕事ができるようにしたいというのが私の思いです。
中村 素晴らしいですね。
松本 じつは、いま山形県に「株式会社山形」を作ろうと提案しているのです。
中村 それはどんな会社なのですか。
松本 山形県は最近アグレッシブな取り組みを数多く行っていて、トヨタのOBをアドバイザーに雇ったりして産業振興に取り組んでいます。県が出資して法人を設立し、そこが県の中小企業を束ねるという仕組みです。山形県には、「山形から世界へ」を唱えて地域を元気にしていこうと頑張っている人たちもいらっしゃいますが、山形県から世界を見るよりも「山形県から山形県へ」の仕組みを作りましょう、というのが私の提案。
中村 株式会社山形では、どんなことを手がけるのですか。

松本 たとえばトヨタ東日本さんから「地産地消」の引き合いとして、金型が5型あったとします。その中で一番難しいものを、採算が合うIBUKIで作ったとしても、「残りの型は採算が合わないので中国の会社に出しましょう」ということになったら、そのぶんのお金は山形県には落ちません。でも株式会社山形が間に入り、残りの4型を隣町などの金型メーカに出すことによって山形県から山形県に仕事が流れます。そうすることで、仕事やお金が回っていけば、山形県は繁栄します。せっかく県外から入ってきたものが外に出ていくのではなく、入ってきたものが県内で回る仕組みを作りましょうということです。これが株式会社山形で、われわれが手がけたいことのコンセプトの1つです。
中村 たしかに(現場の作業者の)皮膚感覚で実現している部分もあるでしょう。しかし、ここの精度を出すにはこの工具を使い、こういう切削方法でこんなパスでやればいいという、手法がいろいろあるわけで、本来技術と技能はまったく違う知見であるはずです。だから技術と技能を適確に把握しないと「知」につながらないのですが、ここが日本の製造業の非常に弱い部分だと思うのです。
中村 そうなんですか。
松本 われわれは先の「In/Outの整理シート」で職人のノウハウを構造化する際、インプットとロジックとアウトプットという枠組みで分析を行います。企業のバリューチェーンについても同様に、山形県に入ってくるインプットを県内でどう回していくかというロジック、そして出口をどうするかというアウトプットという枠組みで考え、私の出した答えが株式会社山形だったのです。
中村 まさしく、いまやるべきことだと思いますね。私は鳥取県出身なのですが、地域を核とするバリューチェーンを作りたいと考えているのです。現在、地域の製造業はいわば「点」になっていて、点で県内に入り、点で出て行ってしまうだけでシナジー効果がまったくありません。サプライチェーンが寸断されているので、物流を含めて県内のサプライチェーンを再構築する必要もあります。さらに、部品メーカがBtoBからBtoCなどの新たなビジネスモデルに向けた業態転換を図るための機能や、商品の知財や権利を含めてマネジメントを行い、ある意味でODMを集約する役割を担う組織が必要だと思います。
松本 同感です。
中村 かつて大手製造業が築き上げていた企業城下町を、もう一度、別の形で作りたいと思います。ただ、いきなりそうはできないので、今、私が2年前から鳥取県で行っているアプローチでは、新たなビジネスモデルを作る前に、そこに行くまでの土壌を醸成する活動を行っています。
松本 土壌を醸成するというのはどういうことですか?
中村 県の傘下に「鳥取県戦略産業雇用創造プロジェクト推進協議会(CMX)」を設立し、私がそのトップマネジメントをやらせていただいています。CMXでは、電子・電機、素形材、ICT関連産業を対象に、県内企業の現場力をもう一度分析し、強化するという活動を個別に行っているのです。各社とも厳しい中で生き残ってきた企業ですから、それなりに技術力があり、ここまで走ってくることができた背景があるわけです。CMXには約25人のコンサルタントが入っていますが、あらかじめ用意された土俵の中で質問を取るのではなく、土俵から踏み出し、一緒に汗をかく気概のある人だけが集まっています。会員企業150社の中で手を挙げた企業に対して、「ハンズ・オン」と称して現場で実務に関わりながら支援活動を行うのです。
松本 面白いですね。
中村 製品開発力PJ、原価PJ、生産システムPJ、製造現場力(5S、TPS)PJ、品質PJ、BtoCへ転換するラビットバレーPJなどのプロジェクトを立ち上げ、マーシャル(メンター)と称するプロジェクトリーダーを置き、彼らの配下で専門スタッフが「ハンズ・オン」で支援を行っています。プロジェクトは半期ワンクルーで実施され、成果発表会で各社が取り組み事例を発表します。そこでは横串を通すために、自社で手がけたことを報告し、個々の活動に取り組みながら対外的にモノを言えるところまでレベルアップしたうえで、堂々と他流試合をする仕組みを整えています。
松本 それが新事業への展開に向けた土壌作りなのですね。
中村 はい。最初は皆が疑心暗鬼の状態でしたが、趣旨に賛同してくれる企業が少しずつ出てきてポツポツと成果が出
てくると、「これは行かなければならない」という雰囲気が出てくるわけです。CMXを始めてから1年が過ぎ、成果発表会も2回行いました。まずは現場活動でスタートしていますから、表向きの成果は出にくいのですが、内部活動としては徐々に成果が出てきています。そういう事例を出していくと、地域の経営者たちも「これは放っておけない」という気持ちになる。そういう前向きな動きも出てきている中で、本気で新しいビジネスモデルを作ろうという気概のある経営者たちが、互いに歩み寄り、新たなネットワークが構築できるといいですね。
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