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第5回 モノづくりの強さと市場価値が結合すれば、日本の 製造業は再生する

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日本の強み・弱みとは何か

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村田 その一番の原点は、人間ではないかと考えています。結局、人にどれだけお金をかけるのかという基本的な部分が欠如していて、従業員を簡単に削減し、教育にもお金をかけていません。そのため日本では頭脳流出が激しく、優秀な人材がどんどんアメリカに流れています。そのアメリカでは逆に「頭脳化」を図っていて、デ・ファクト・スタンダードさえ押さえてしまえば、生産はどこの国でもいいという戦略を採っている。もし日本にその「頭脳」を理解し、然るべき人を育てる仕組みがあれば、おそらく日本は素材産業を中心にして世界をリードする存在になれると思うのです。

中村 そうですね。

村田 最近の例ではバイオコークス(木くずから茶かすまで、あらゆる植物性廃棄物から作られる固形燃料。石炭コークスの代替燃料として使用される)も素晴らしい発明ですし、紙そのものを発色させて表示デバイスに利用するペーパーディスプレイ技術のように、日本企業は素材分野で革新的な試みを数多く行っています。生産手段でハイテク化を行えば、アジア諸国も真似ができませんから、日本が市場を席巻することになるでしょう。


中村 組織の中で積み上げられてきた経験やノウハウなどに支えられた技術は「積み重ね技術」や「すり合わせ技術」
と言われていますが、そこから他国で真似のできない製品・技術ができています。これは強いですね。素材分野もそうですが、複雑で部品点数が多い製品、たとえばコピー機は日本でしか作れません。

村田 作れませんね。

中村 モジュールを買ってきて組み合わせているのではないので、模倣できないのです。その意味で、少なくとも現行
の機構が必要とされる限り、日本製のコピー機の強さは盤石です。そういう強みを持っているのも、過去のトラックレコード(運用実績)があり、そこから汲み上げてきた経験に絶対的な強さがあるからです。それをどう活かしていくかで、今後の可能性が拓けるわけですが、その部分を追いかけようという意識や認識、行動がともなっていないことが問題です。しかも、世に類いまれな、他社には真似のできないものと言っても、あくまで機能的価値にとどまっていて、意味的価値もしくは村田さんのおっしゃる感性価値につながっていません。そこをうまくつなぐことが、今からの日本のモノづくりの可能性を広げるための重要なアプローチなのではないかと思います。

村田 結局、ハイテクの新商品を作り上げても、先を見ていないので、商品を市場に投入したとたんにしぼんでいくのですね。ずっと先の未来をイメージし、そこから少し先の未来にある答えを見つけていく「バックキャスティング」というアプローチが必要です。30年、50年先のデ・ファクト・スタンダートは一体どうなっているのかというところからバックキャスティングして数年先を見たときに、これからのモノづくりではIoT(モノのインターネット)が普及し、モノがネットとつながることでさまざまな情報をフィードバックできるようになるとします。そうなったときに、ネットにつながるあらゆるモノが生活の中に入り込むことで、自分たちの未来をどう変えていくかを予測し、それに関わる法的な部分を検討し、知財を権利化する作業を、今アメリカがどんどん進めています。ところが日本はそういうところに疎いために、まだ実際に作られてもいない仮想的な段階で、すべてアメリカに権利化で先行されているのです。その意味でバーチャルが非常に重要になっていると思います。まだできていないものが、できたらどうなるかを予測し、権利化していく作業が日本には欠けていますね。

中村 そうですね。

村田 かつてITS(高度道路交通システム/Intelligent Transportation Systems)の世界標準化をめぐり、ヨーロッパ
の「PROMETHEUS(プロメテウス)計画」、アメリカの「DRIVE(ドライブ)」計画、日本の「ARTS(アーツ)計画」が激しい競争を繰り広げました。その時点で日本はカーナビの所有率が世界一高く、新車にカーナビが標準品でついていたほどで、日本が一番有利だと言われていたのです。ところがアメリカが同計画で、詳細は省きますが自動運転中の事故を解決する手段を特許化してしまいました。だから日本は、どんなに優れたカーナビを開発しようと、そこにはもう手を出せなくなった。

村田 つまり、アメリカに首根っこを押さえられてしまい、今まで行ってきたナビの開発が吹き飛んでしまったのです。その代わり、アメリカは「プロメテウス勢を抑えるために一緒に組もう」と言ってきた。そこで日本とアメリカが組み、新しい高度道路交通システムの国際標準化競争に勝ったのです。

中村 非常に身につまされる事例ですね。日本、アメリカ、ドイツにもそれぞれ強みと弱みがあるわけですが、ビジョンやコンセプトの部分が日本の最も弱いところです。

村田 そうなんですよ。

中村 実はビジョンやコンセプトこそ、価値が発生する場所なのです。これからのモノづくりはIoTの時代に移っていくわけですが、「その中で生まれる新たな価値とは何か」を模索するのではなく、今から自分たちが価値を創り上げ、もしくは定義していくという活動が必要だと思います。実際、そういう戦いが始まりつつあり、アメリカではインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)が動き始めていて、ドイツでもインダストリー4.0を推進しているわけです。

村田 そうですね。

中村 それらは単なるITを使った活動ではないと、私は考えています。たとえばインダストリー4.0には、スマートマシンという自律動作するロボットが、相互通信を行いながら適切なロボットに仕事を渡し、自律分散の工場をつくっていこうというコンセプトがあります。なぜ、ドイツがそういうコンセプトの下で動いているかというと、スイスの時計業界がムーブメント(キャリバー)メーカや針メーカ、ダイヤル(文字盤)メーカなどによる水平分業で成り立っているように、業界内にそれぞれ役割が決まったメーカがいて、各社が作るコンポーネントを組み立てて製品ができあがるというのがヨーロッパの産業構造だからです。ヨーロッパの自動車業界も同様で、たとえばダイムラーとBMWの共通部品を作っている、もしくは、ダイムラーのGクラスとBMWのXシリーズを作っている会社があるわけです。

村田 ギルド的な発想かもしれませんね。

中村 おっしゃる通りで、そもそもそういうカルチャーや社会構造の中で、水平分業を行うロボットを標準化し連携させていこうというのは、きわめて自然かつ必然的な流れだと思います。かたやアメリカはある意味で「モザイク」的な社会で、商品・サービスの提供者とエンドユーザをいかに強くつなぐかという、インテグレーション(統合)で戦ってきた背景があります。だとすれば、インテグレーションを高めるための新たなビジネスモデルもしくは価値を追求することが、アメリカ企業における必然な流れだということになるでしょう。一方、日本にも独自の強さや文化背景がありますが、それらを把握せずに、ドイツやアメリカのアプローチを狙おうとしても、おそらく簡単にはいきません。IoTを始めとする新しい技術が整ってきたときに、自分たちがほんらい持っているものや文化背景などをもとに、イノベーションを行い、(従来の延長ではなく)コンセプトの面からいかに違う形に変わっていくかというアプローチを考えないと、これから生まれる新たな価値は日本以外の国に取られてしまいます。それどころか、ほんらい日本でなければ生み出せない価値も、生まれてこないということになるのではないでしょうか。

村田 やはり、未来を見ていく力がないのでしょう。さらには、未来を見るための人材に投資していくということもできていないと思います。私は日本なら、既存の3D積層造形(AM)などをはるかに超える「超RP(ラピッド・プロトタイピング)」を実現できると考えているのです。今6種類ぐらいの素材をインジェクション(射出)して硬化させるという方式のRPが出てきていますが、今後、金属に限らず、バイオ材料などの異素材も含めた造形ができるようになる可能性があります。ということを考えると、ここから10年後に出てくるRPはどんなものになっていくのかと想像するだけでも面白いですよね。この辺にいかに人材を投入し、いかに技術を発展させていくかが、日本の1つの課題になってくるのではないでしょうか。

数値化が難しい「感性価値」

中村 日本の強みや特徴は何かという話に戻ると、日本の産業構造は水平分業ではなく、どちらかと言えば、メーカと
サプライヤの関係にしても垂直統合です。また、先の「すり合わせ技術」や「積み重ね技術」という言葉にも見える通り、商品を徹底的に作り込んでいくところに強みがありました。ところがそこに、単にIoTなどの技術を導入すればいいかと言うと、おそらくそうではありません。新しい技術を使うことによって、日本のモノづくりが持つ文化背景の中で、強みをどう活かしていくのかという視点でイノベーションを考えていかないと、IoTやインダストリー4.0といった波に翻弄されるだけで終わるでしょう。個々の企業のレベルで成功例は出るかもしれませんが、それはあくまで「点」の話であり、広く日本の強みを活かすことには結びつきません。

村田 私もそう思います。

中村 1つの仮説として、従来の日本のモノづくりの強みがすり合わせにあるとするなら、IoTやデジタルエンジニアリングを活用することで、今まで見える範囲でしかできなかったすり合わせを、目に見えないところにまで拡張することが考えられます。たとえば現場のカイゼンが日本のモノづくりにおける1つの基盤だとすれば、そこにITを活用することで、国内の他工場でも、地球の裏側にある子会社でもカイゼン活動が可能になるといったアプローチもあり得ます。一方、カイゼンを始めとする現場活動の中でさまざまな知見を得て、技能や経験を積み重ねてきたことも日本のモノづくりの大きな強みです。ところが残念なことに、その技能や経験が個人の中にとどまり、属人的なものになってしまっていることが大きな課題です。そこでIoTもしくはデジタルエンジニアリングを活用し、自分しかできなかったことを他の人もできるようにするなどの形で、技能・経験の適用範囲や活用の幅を広げることを模索するのが、日本が取るべき1つの方向なのでしょう。その意味で、IoTなりデジタルエンジニアリングは、日本の製造業にイノベーションをもたらし、新しい価値を生む基盤になっていくのではないかと思います。

村田 なるほど。

中村 そこで考えていかなければならないのは、それをいかに市場価値、とくに意味的価値につないでいくかということです。それにはプロダクトデザインやソーシャルデザインなどの価値を生み出す活動と、日本のモノづくりが培ってきた力を結合していくことが大切で、そこにIoTなりデジタルエンジニアリングを活用していく余地があるわけです。その際、この対談のテーマでもある「プロフェッショナルの知」をどうやって活かしていくのかが大事になってくると思うのですが、村田さんのご意見をぜひお聞かせ下さい。

村田 これからは、数値化できない事柄が非常に重要になっていくと思います。経済産業省では08年度から3年間に
わたり「感性価値創造イニシアティブ」という取り組みを行いました。その際、商品が持つ感性価値を背景的感性価値(背景に物語がある)、思想感性価値(文学・美学・哲学的要素を持っている)、技術感性価値(感性に訴える独自技術がある)、創造感性価値(新しい提案、発想の転換がある)、啓発感性価値(自分や社会を変えるメッセージがある)、感覚感性価値(五感に訴えるメッセージがある)の6つに分類した「感性価値ヘキサゴングラフ」が作成されています。(これらの指標のように、漠然とは)わかっているものの、数値化が難しいために、経済原理の中になかなか組み入れることができない価値が数多くあると思うのです。

中村 なるほど。

村田 ところが、たとえば以前は計算することができなかったCO2の排出権が数値化されて経済原理の中に組み込ま
れた結果、排出権を利用したCO2の削減活動ができるようになりました。こうしたことが非常に重要で、これまで数値化できなかったことが、数値化されることによってお金の流れが生まれ、マーケットの中に入っていくのです。われわれが今、最もやらなければいけないのはこういうことだと思います。

中村 そうですね。

村田 とくに今、感性工学や感性ビジネスが脚光を浴びつつありますが、皆がブランディングと言いながらも、うまく価値づくりができていません。というのも(感性はなかなか)指標にならないからです。だから中村さんもおそらく、モノに意味づけを行うことで、そこに数値化できるような仕組みを作ることを手がけていこうと考えているのでしょう。逆にお聞きしたいのですが、その意味づけをどう行っていったらいいのでしょうか。

中村 意味づけについては、マーケット・プル型(市場誘導型もしくはユーザ中心型)のプロダクトデザイナという存在が不可欠な一方、商品を提供する側がその意味を十分に理解し、プッシュできなければなりません。今は村田さんのような先進的なプロダクトデザイナが「意味」を抽出することをサポートしている立場で、それは非常に重要な役割ですが、その反面、モノの作り手側がパッシブ(受け身)になっていて、言われたものを作るところから抜け出せていないような気がします。さらに言えば、モノの作り手側が持っている真の可能性もしくは潜在的な可能性はもっとあるはずです。それを十分発揮していくためには、プルではなく、内面に沸き立つもの、自分たちがアウトプットしたいもの、アウトプットすべきものを明確にし、積極的にプッシュしていくということが、モノの作り手側の活動としてあってほしいのです。そのためには、彼らが意味的価値、すなわち「自分たちの力をこう使えば、顧客の解釈と意味づけによって、こういう価値が創られる」ということを理解できないといけません。つまり、モノの作り手である自分たちの価値を、自分たちが理解し評価できなければならないということになります。

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村田 それと、価値軸が違う人に、そこをどうやって翻訳して伝えるかですね。何か良い方法はあるのでしょうか。

中村 そこが大きな課題です。それについて今、明快な答えがあるわけではないのですが、彼らが自分たちの価値を
評価するための基準となる指標、もしくは何らかの声が必要だと思います。評価方法としては、彼らが持っている要素技術と何らかの形で連携し、計算を行って数値化できるようにする。もしくは試作品をバーチャルで組み立ててみて、仮に自分たちのアウトプットとしてこんなものができたという場合、それをどう評価するのかという声を直接得ることができたら、彼らの意識は変わると思うのです。要は、市場に出て行けということです。今市場に出て行かずに素材や製造という立場に留まっている以上、自分たちが持っている価値は理解できません。

村田 フィードバックができていませんからね。

中村 そうです。(市場に)入るしかありません。もちろんフィジカル(物理的)に入るのがベストですが、それにも限界がありますから、そういう部分でIoTの力を借りるのも1つの方法だと思います。

村田 そうですね。IoTを活用して(感性的価値や意味的価値の)フィードバックを得るというシステムは、ありそうに見えて、デ・ファクト・スタンダードがまだありません。その辺の可能性はどうですか?

中村 その辺は、技術的にはもちろんですが、あるいはビジネスモデル化によって実現することかもしれません。たとえばクラウドファンディングがそうですよね。私は、クラウドファンディングとは、独自の技術や強みを持ち、商品やサービス、ビジネスモデルを提案するプレーヤーがそこでバーチャルな価値を示し、パトロンやサポーターからの声を直接得る活動だと思います。単にお金を集めるためだけでなく、プレーヤーが(クラウドファンディングを)自分たちの価値を確認する場として捉えるなら、そこでその価値をお金に換算する直接的な評価が行われることになります。

村田 クラウドファンディングは金融商品であり、詐欺的行為も増えていますから、金融庁の指示で規制が厳しくなっています。あるケースでは、今の技術ではまったく存在しないロボットをあるかのように装い、YouTubeなどを通してアニメーションムービーを配信しています。それを見た世界中の人たちが、「こういうものができたらいいね」と思うので、資金が何億円も集まっているわけです。実際に商品の開発に入っていますが、本当に開発できるかどうかはわかりません。クラウドファンディングにはこういう賭け事のような部分も出てきているわけですが、日本人はそういうことが基本的に嫌いです。

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