第5回 モノづくりの強さと市場価値が結合すれば、日本の 製造業は再生する

コモデティ化一辺倒では日本に未来はない
村田 海外メーカの戦略は、何か1つのことをよしとすれば、そこに徹底的にエネルギーをつぎ込み、排他的に進んで
いくというものです。対して、日本メーカは周りでやっていることを慎重に見極めながら、同じような路線で進んでいきます。だから崩れるときは総崩れになるわけですが、やはり考え方が島国的なのでしょう。
中村 そういう特性があるのでしょうね。
村田 でも、これでは永遠に勝てないと思いますよ。ひところ「禅の経営」と言われたソニーでさえ、あのような状態で、スティーブ・ジョブズが禅を好んでいたということもありますが、今では「禅の経営」と言えばアップルがその代表格になってしまいました。日本のモノづくりにおける考え方のメインの部分は禅の思想の流れを汲んでおり、ある少数の人に対して啓発的な提案をすることでブランド価値を高めるというやり方も、アップルに取られてしまいました。そこでコモデティに走ってしまったのでしょう。
中村 それが大きな間違いです。コモデティではなく、徹底的に禅を極めるべきでした。
村田 そこが残念ですね。
中村 禅の先には何かがあるはずなのです。
村田 だから、感性なのですよ。たとえばハーレー・ダビッドソンの利益はホンダの総利益とほぼ同じです。ホンダはバイクも四輪も作っていて、会社の規模としてはとても比較にならないのですが、両社の利益はほぼ同額。これが日本の大きな問題で、何か歯車が狂ったとたんに大転覆を起こしてしまうわけです。
中村 ホンダはアメリカに上陸したとき、ハーレーを狙って大型車を作り、失敗しました。ところが、本来売るつもりはなく、ホンダアメリカのスタッフが自分たちの足代わりに使っていたスーパーカブが評判になり、爆発的に売れたのです。商売はやってみないとわかりません。
村田 だから、なおさらコモデティに走るところがありますよね。
中村 問題はそこなのです。やってみないとわからない部分が間違いなくありますから、作りながら価値を見出すというアプローチを取るべきでしょう。たしかに今、目に見えているものは皆が知っていますから、独創性や差別化といった新たな価値を生むのは難しい。でも先にお話ししたスーパーカブの例のように、やってみて初めて見えてくるものがあるわけです。トップダウンでありながら、そこで見えてくることからボトムアップをかけて、新しい価値を「創発」するための活動を、「創発経営」と言いますが、経営トップと現場の連携・対話は、日本人が得意なことの1つであるはずなのに、そこに行かずにコモデティに走ってしまっているのは問題です。日本人が持っている特性や、これまで日本人が積み上げてきた力を徹底的にすり合わせていくと、その先に何か違うものが見えてくると思います。それを具体的にどう進めていくかが問題ですね。
村田 たとえば今、日本の家電が売れている唯一の理由は「エコ替え」需要です。今使っているポットの電気代が年間
数万円で、この7980円のポットにすれば年間の電気代が半分になるなら、今のポットを捨ててでも新しいポットを買えば元が取れるというのが「エコ替え」です。日本の家電製品は、(環境性能については)世界の中でもトップランナーで、しかも「エコ替え」という需要があるために、たとえばLED照明に投資してもその元が取れるので、そういうものが今売れています。車もそうです、今まで排出ガスを垂れ流していた従来車種からプリウスに替えるだけでガソリンも節約できる。今、日本で流行っているものをよくみてみると、その多くが「エコ替え」につながっています。
中村 なるほど。
村田 導入リスクが低いということと、「エコ替え」自体が環境保全につながるというのが購入動機になっているのですね。もう1つ、IoTなどとは別の方向で、日本人の手業(てわざ)や日本人が作る次世代伝統工芸が今、世界から注目を浴びています。ヨーロッパで言えばマイスター、日本では伝統工芸士や人間国宝と呼ばれるような人たちの価値がどんどん上がっているのです。彼らが作った商品の値段が下がらないため、投資目的として海外の人たちが買っていて、伝統工芸士や人間国宝が作った商品が日本橋三越あたりに出ると、即完売。真似ができないということが1つのポイントです。
中村 真似ができないというのは非常に大きいですよね。
村田 ですから、それをヒントにして、生産手段の開発を通じて、いかに真似のできないハイテク化を進めるかというアプローチが1つ考えられます。そこでキーになるのは、どんな素材産業をこれから推進していくのか、それによってどんな未来が見えてくるのかということからバックキャスティングを行い、それがデ・ファクト・スタンダードになるような流れを作っていくことです。
中村 そのバックキャスティングを仕掛ける起点を担う役割を、どういう立場の人たちが担っていくのでしょうか。
村田 そこには知財が発生しますから、アメリカは悪名高いサブマリン特許などの手法を取ってでも知的財産権をおさ
えてきたのです。日本はそこが非常に弱いですから、私は商品開発をする側と法律家が一緒になって取り組むべきだと思います。
中村 その通りですね。
村田 先日、大阪府のDSP(デザインサポートプロジェクト)コンペを開催したのですが、デザイナたちが考えたものを知財化し、そこにクラウドファンディングもからめて商品化を実現するという動きが出てきました。そもそも多くの日本企業では、商品化する前の技術や意匠を知財化しようとしないのです。商品になるかどうかわからないものに、知財関連の予算はつけられないというハードルがあるからです。しかも、日本は知財関連の費用が高く、特許を出願する場合、1件につき2、30万円はかかります。ところが中国ではそれが1万円、韓国では企業規模に応じて7、8千円から。毎年更新する必要がありますが、中国や韓国では費用が安いので、なんでもかんでも知財を取得しているわけですね。そういう面でも日本は出遅れています。1つは、法律家の皆さんには悪いのですが、これは既得権益であり、若い法律家たちはそれを危険だとさえ思っているのです。実際、「自分たちの利益にはなるのだろうけれど、これでは世界との戦いに敗れてしまう、今実現していないものに対しても、知財化を進めていく必要がある」と言っているわけです。
中村 なるほど。
村田 日本人は生真面目なせいか、先のカーナビの例にしても、実現したものに対して知財を取得しようとします。しかもマーケットを詳細に検証し、それがお金になるかどうかを見極めようとするので判断が非常に遅れるのです。特許については、日本はもちろんヨーロッパもアメリカも先願主義なので、考えた時点で申請しないと競争に敗れてしまいます。ここに、バックキャストができない日本人のカベがあるのではないでしょうか。
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