第5回 モノづくりの強さと市場価値が結合すれば、日本の 製造業は再生する

価値づくりの鍵となる「背景感性」
村田 そうですね。実際にモノづくりに入る前に、先のナレッジの統合という部分が重要で、私はプロダクトデザインの前にワークショップを通じて、対象企業に必ず「感性価値ヒヤリング」を行っています。過去から現在に至るまでの業績についてお聞きし、ヒト・モノ・カネの流れを俯瞰し、さらに経営者から、同社が現在抱えている課題について尋ねます。また感性については、①直感に訴える何らかの「感覚感性」があるか、②間接的な情報となる「背景感性」があるか。たとえば先代社長が人間国宝であるとか、会社の歴史について話を聞いています。
中村 そうなんですか。
村田 ほかにも、③技術が魅力となる「技術感性」があるか、④ハッとするようなアイデアやマイナスをプラスに転じるような逆転発想で見せる「創造感性」があるか、⑤文化となり得るような感性(文化感性)を発信しているか、⑥CSR(企業の社会的責任)などの社会性のある「啓発感性」があるか、これら6つの感性について聞き、そのうえでタスクを設定するのです。たとえば、このワークショップの包括的な目的をどこに持っていくか、具体的に何をやることが目的なのか、ワークショップにそれをどう具現化していくか、具現化のためのメンバと体制をどう構築するかということを決めていき、予算策定やメンバの選定、ステークホルダーの設定なども含めてワークショップ実施の準備をしていくわけです。
中村 なるほど。
村田 なかでも私が最も大切にしているものが背景感性(narrative value)です。たとえば私たちは、まだ会ったことがない人に対して「外見がこうだからこんな人だろうと」いう憶測を抱きがちですが、実際に会ってみるとその人が紳士であることがわかったり、会話、受賞歴やメディアへの露出などさまざまな情報が入ってくればくるほど、その人の価値が向上し、それがそのまま背景感性になるわけです。とくに外部から入ってくる情報によって、モノや人自体の価値を引き上げていくことを背景感性と言っています。
中村 (背景感性の力は)非常に強いですね。
村田 企業を訪問していると、古びたショーケースに商品が陳列されていて、「わが社の商品は…」という説明を聞くことがよくありますが、「もっとほかの話はありませんか」と言って会社のエピソードなどを聞き出していくと、背景感性につながる話題が意外と見つかります。ところが灯台もと暗しで、当の企業の方は「そんな話をしても商品は売れませんから」と謙遜することが少なくありません。そこで私も「御社は和菓子屋さんですから、この言葉はのれんになります。絶対に入れましょう」というようにアドバイスすることが多々ありますね。このように、外部の人間が背景感性を評価することは非常に大切だと思います。自分たちでは見えなくなっている部分を評価していくわけですから。
中村 自分たちの価値は見えないですね、製造業ではとくに…。
村田 そうですね。「当社はこういう品質管理体制のもとに、皿を手びねりではなく、型で毎時数百枚というスピードで量産しています。これは、よそにはできない強みです」とおっしゃる方もいますが、こういうことは何の売りにもなりません。そういうことよりは、「こんな職人が汗水を流し、ろくろを回して一個一個作っています」というほうが価値に結びつきます。「その部分を語ってもあまり価値にはならない。逆に、ここを言えばそれが価値になる」という見極めを行うには、マーケタや相応の経験価値のある第三者が見て評価するしかありません。
中村 そうですか。日本の製造業では、これまでQCD(品質、価格、納期)が1つの大命題でした。そこで日本の製造業は徹底的にQCDの向上に努力してきたのですが、ある瞬間から「もはやQCDではない」と言われるようになったのです。ところが今でも製造業では多くの企業がQCDから目が離れず、要は、QCDが憲法のようになっていて、それ以外の価値を理解できないでいるのです。そこで今日話題になった感性価値を始め、従来とは異なる見方でモノづくりを革新していかなければならないと思いますが、その一方で、感性という言葉には難しい面もありますよね。結局は市場価値と感性をどのように結びつけていくのかという話になりますが、一般論で言えば、言葉としては、市場と感性には少し距離があると思うのです。そこをどう結びつけていったらいいのかという問題があります。

村田 たとえば日本の得意なアニメーションを例に挙げれば、青山剛昌(あおやま・ごうしょう)の『名探偵コナン』や水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』、『ドラえもん』や『機動戦士ガンダム』もそうですが、そういうサブカチャーには取るに足らないキャラクタもある一方、メディアを通じてエポック・メイキングとなったキャラクは非常に高いロイヤリティがついています。ミッキー・マウスに払うロイヤリティは高額ですが、そのキャラクタを入れることで商品が売れる。こういうものは文化感性と呼ばれていて、エポックや流行を作り出すものから、わびさびのような伝統文化、様式美、サブカルチャーまで、すべて文化感性としてくくられます。
中村 そうなんですか。
村田 こうしたものが価値を創っているのですが、中国などでよく作られているようなまがい物もありますよね。そういうものは、中国人でさえ買わないそうです。ということは、そこにはすでに相当の付加価値がついているということですね。
中村 ちなみに、文化感性という視点での価値と、それを実現できるスキルの問題があると思いますが、極端な話、サ
ブカルチャーの場合、下手な絵のほうがよかったりする場合もありますよね。
村田 そうそう、ゆるキャラのようなものですね。
中村 はい。その辺が難しいところで、「ふなっしー」を真似したキャラクタを作れるかといったら、なかなかできません。
村田 そうですね、へたうまも感性表現の一つ。本来の機能を果たさなくても感性が優先されれば許される時代です。
マーケットを睨んで機能的価値と感性的価値を見極めて使い分ける目が求められると思います。ちなみに、砂の中から顔が現れる「砂丘くん」という鳥取のゆるキャラがあるんです。ネットで怖いゆるキャラとして話題になり、公開されている画像も限定されています。公開禁止という形で話題を作ってしまうことで、背景感性が生じているとも言えます。
日本のモノづくり力を「技術感性」と「創造感性」に活かす

中村 感性価値にはいろいろな種類がありますが、モノづくりの力が活きる価値には、たとえばどんなものがあるのでしょうか。
村田 直接的なもので言えば、技術感性と創造感性があります。順序が前後しますが、創造感性の分野は日本が非常に得意としているものです。たとえばトヨタの『プリウス』のハイブリッドエンジンは、日本が得意とするものの真骨頂でしょう。
日本人は一から何かを作ることは苦手ですが、何かを改良して新しいものを作ることは得意です。同様に、インドから伝来したカレーをアレンジし、インド人も驚くようなおいしい料理に仕立てています。フランス料理にしても、日本風にアレンジされたフレンチがミシュランの格付けをかなり取っています。
中村 そうですね。
村田 日本というフィルターを通すと、外から入ってきたものがよりグレードアップしてアウトプットされることが多いのですが、日本はそういう機能を持ったファクトリーと言ってもいいのかもしれません。これが創造感性と呼ばれるものの典型で、たとえばマイナスをプラスにする、今までにないことをやる、異分野からの発想を取り入れる、異分野同士のハイブリッドを作る、新しいルールを作る、新しいビジネスを作る、などの要素が挙げられます。
中村 1つの要素では駄目でも、複数の要素を入れると新しい価値を作ることができるわけですね。
村田 日本人はインプットがないと駄目なんです。
中村 なるほど。「こういう技術を考えなさい」と言っても駄目ですが、「こういう技術とこういう技術があるから、何かやってみなさい」と言うと、これまでとは違うものができるということですね。それも1つのやり方だと思います。
村田 日本人は民族的に課題解決型なのです。課題がないとゼロから発想できないかもしれませんが、課題があると
必死に取り組んでしまうのが日本人の特質で、そこに日本再生の答えが1つあると、私は思います。
中村 今のお話には非常に共感するものがありますね。
村田 加えて、非常に組織力があり、垂直統合、水平分業をうまく組み合わせて仕事をしています。ナレッジの統合な
どを通じて組織力をさらに高めていけば、もっとよくなるのではないですか。
中村 そうですね。
村田 それともう1つは技術感性ですが、これは今経産省が推進しているロボット、ナノテク、バイオあたりに大きな可能性がありそうです。たとえば以前、プラスチック製小型精密部品で有名な名古屋の樹研工業さんを訪ねたのですが、同社では顕微鏡でしか見えないような超小型の樹脂製歯車などを作っています。(眼鏡を外して手に取って)これは私がデザインしたベータチタン製の眼鏡フレームなのですが、ここのヒンジ(蝶番)の中に埋め込めるような超小型のマイクロダンパーを作りたいと思い、同社に協力を仰いだのです。マイクロダンパーの作用で、眼鏡を出したらつる(テンプル)が自然にスーッと開くアイデアなのですが、どこに引き合いを出しても、そんな超小型のダンパーはありませんでした。
中村 そういう、これまでにない機構や機能を持った商品を作ろうとするときに、モノづくりの技術力が活きますね。
村田 これから感性の時代になっていく中で、「感性に訴える独自技術」である技術感性はますます重要になります。たとえばBMWに装備された「iDrive」システムでは、ナビゲーションを始めとするさまざまな機能に「iDriveコントローラー」で簡単にアクセスできますが、彼らは操作部分を見なくても機器を操作できる「直感的インターフェイス」を作ろうとしているわけです。
中村 なるほど。
村田 人間は、常に対象物や環境とのインタラクション(相互関係)の中で生きていますから、そこから受けるフィードバックに対して、よりわかりやすい感覚を求めています。そうなると先ほどのダンパーも、扉の蝶番につけるものなどのように、ある程度の大きさならいいとしても、眼鏡のつるを開くような超小型の部品になると、「よりわかりやすい感覚」を実現するのは、並大抵の技術力ではとても無理です。ところが、そこにナノテクの技術を応用すれば、そういうことがどんどん可能になっていく。先日、東京大学名誉教授、帝京平成大学教授の木内学先生のお話を聞く機会がありましたが、これから世の中は軽薄短小に動いていくとおっしゃっていました。こうした中で「軽薄短小のソリューション」を確立できれば、それが日本の特色ある産業になると思います。
中村 非常に可能性を感じますね。
村田 ナノテクやロボットだけでなく、CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)と呼ばれる表面処理技術についても、日本は世界のトップを走っています。
中村 そういうところから、新たな日本の価値が生み出されるわけですね。
村田 要は、どのようにして創造感性や技術感性を引き出すかが重要だと思うのですが、その1つの答えが、先ほど話
題になったナレッジの統合です。私はSIMがシミュレーションの中に組み込まれ、かつ課題を現場にフィードバックする仕組みが必要だと思います。先の議論でも述べた通り、課題がないと日本人は(イノベーションや価値づくりが)できませんが、課題があると確実に解決策を考えて実行します。ですから、どのタイミングでどういう人を集め、どのようにして現場に課題をフィードバックできるか、という点がクリアできれば、かなり変わるのではないでしょうか。
中村 そうですね。(企業それぞれに)抱えている問題がいろいろありますが、そういうことは、実はフェイス・トゥ・フェイス、オン・サイト(その場)であっても吸収・集約できません。そもそもコンテクストを共有していないので、言葉でもわからないのです。したがって、現場に課題をフィードバックするなら、トラックレコードや実際の現場を共有することから始める必要があります。
村田 なるほど。
中村 われわれが説いている「バーチャル」とは、単なる「仮想」ではありません。サイバー空間で実質的に同等の機能を持たせた本物という意味です。物理的ではなく電子的にではあるものの、すべてを集約させたバーチャル空間から真の理解や、インタラクション、コラボレーションが始まるような仕組みを、我々は作っていきたいと考えており、その基盤になるものがSIMなのです。
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