第2回 「グローバルなモノづくり」とは、世界を見据えた「ト ータルなモノづくり」と考えよ 後編

「知」の共有・活用で新しい価値を生むために

中村 最後に、日本のモノづくりはいま「踊り場」にあるのではないかと私は考えています。今後の状況はけっして難しいとは思いませんが、自動車、家電、重工系などの領域によっても、各企業の対象とする市場によっても、まったく状況は違うので、答えは1つではないと考えています。一方、日本のモノづくりをここまで高めた力やエフォート(effort)には、1つの考え方が背景にあると思います。とはいえ、日本のモノづくりは、このままでは世界に立ち向かえない状況に陥るということも、間違いありません。こういう中で、今後の日本のモノづくりはどうあるべきなのかという点について、お話をお聞かせいただければと思います。
鳥谷 難しいテーマですね。冒頭にも申し上げたように、日本は製品寿命が長くてかつセミカスタマイズ型、つまり大量製生産しない製品、たとえば社会インフラがその典型ですが、そこに特化していくべきでしょう。仮にその製品の寿命が30年とか50年なら、その間ずっとデジタルエンジニアリングが製品を支え続けるといビジネスモデルを構築し、メーカさんはサービスで収益を上げ、われわれITベンダとWin&Winできる絵が描けたら素晴らしいなと考えています。先ほど申し上げた3Dモデルを活用したサービスマニュアルが1つの例になりますね。
中村 基本的には、今の基盤をいかに支えるかが1つの方向だと思います。それ以外にもチャレンジングな動きがあると思いますが、日本のモノづくりの足下をしっかり固めて、日本が強い領域をさらに強固にしていくというアプローチが当然必要ですね。そのときにデジタルエンジニアリングが有効に…。
鳥谷 使えるんじゃないかと思いますね。
中村 まさしく、それは間違いなくやっていかなければならないことです。とくに、かつてEMS(電子機器の受託製造)で日本のモノづくりが中国や台湾などに出て行きましたが、為替の動向も含めて市場が変わりつつある中で、日本企業がEMSで海外に吐き出してきてしまった量産体制も、少し分極化してきています。具体的には、大量生産で本当に海外で生産したほうがよいものと、多品種少量に落ち着くところに分かれてきていると思うのです。今後、EMSで海外に出ていた部分でも、日本のモノづくりの国内回帰が始まるでしょう。
鳥谷 日本版のEMSメーカの存在感も徐々に高まっていますね。
中村 日本版のEMSメーカは昔からあったのですが、今後の日本のモノづくりを支える1つのあり方としても意味があると思います。今、申し上げたように、製造業の国内回帰が始まりつつありますが、とくに超円高時代にはそもそも国内でモノが作れなかったわけですからね。その点で、今後オフショアからニアショア、そして国内EMSへと変化していくと思われる日本の新しいモノづくりに対応していく必要があるでしょう。XVLとともに今後、発展していかれる御社にも、ぜひご支援をいただければ幸いです。
鳥谷 一緒にできることがあると良いですね。あと2、3、言い残したことを話してもいいでしょうか?
中村 どうぞ、どうぞ。
鳥谷 社会インフラをデジタルエンジニアリングで支援しようと思うと、課題が3つ出てくると思います。1つは先ほどもお話ししたようにデータが間違いなく大規模になること。第2に、橋梁やビルもしくは船など製品寿命の長いものを扱おうとすると、現地現物をモデル化しないといけなくなる。ここにバーチャルとリアルを統合する必要が出てきます。そして第3に、BIM(Building Information Modeling)です。BIMは、国交省が推進している、建物に関するあらゆる情報を3次元モデルに統合するソリューションで、いわば建設版のPLM(Product Lifecycle Management)。今われわれが取り組んでいるテーマの1つが、このBIMデータをXVLに変換すること、これもほぼできあがったところです。これによってBIMデータとPLMの統合・融合ができる、そうすれば、また新しい価値を提供することができるようになると、まさに今チャレンジしているところです。
中村 そこは手つかずの部分ですよね。土建・建築業界はCADで設計していますが、分野ごとに管理がバラバラですから。躯体系と設備系と、あといくつかありましたよね。
鳥谷 意匠と設備と構造。それを全部、統合しようと思うと、当然、大規模モデルになるわけです。実際、既存の建物の中に新しい設備を導入するような、PLMとBIMの別のCADモデルを統合したいという話があちこちで出てきているんです。
中村 最近では、マンションのリニューアルの話も始まっています。
鳥谷 リフォームやリノベーションでも、バーチャルとリアルの融合が重要な意味を持ってきます。
中村 そこではアーカイブの再興、再活化というか、データ資産を活かす仕組みがどうしても必要になってきますね。
鳥谷 その通りです。点群計測がもっと廉価にできるようになると、たとえばシステムキッチンをリフォームする際、キッチンを3次元スキャンして点群化すれば、新しいLIXILのキッチンを入れてみようとかTOTOのキッチンを入れてみようというようなシミュレーションも可能です。今では点群モデルを画面上から消すことができるので、そこに新しいキッチンのモデルを入れ込むこともできます。そうすると今度はプレゼンテーションやプロモーションにも3次元モデルが使えるようになるので、さらに製品のライフサイクル全体で、3次元モデルを活用できるようになると思うのですよね。
中村 なるほど。それはある意味で、日本のモノづくりの中で育まれたXVLなり、その活用モデルを、製造領域外に展開していくということでもありますよね。
鳥谷 そういう方向も目指しています。

中村 われわれのデジタルエンジニアリング技術も、日本のモノづくりが育んだアウトカム(成果)だとすると、それをうまく活用することは、日本のモノづくりにおける1つの大きな成果につながると思いますね。
鳥谷 その意味ではもう1つ。アメリカではジョブ・デスクリプションというのがあって、製造業でも設計部門と製造部門のすべき仕事がはっきりと分かれています。このため、設計部門からトップダウンで指示が下りてきて、作業員はその通りに作っていればいいというカルチャーがあり、設計と製造がほとんどコラボレーションしていないように見えます。ところが日本では逆に、生技や製造部門が強いケースがあって、「こういう設計では駄目だ」と設計部門に直言さえするわけです。ここが日本の強さだとするなら、そういう部分を支援するITがあっていいのではないかと考え、われわれはさらに取り組みを強化しています。
中村 まさしくそこは完全に同意です。ある意味でそれは、日本のモノづくりが生み出した知ではないでしょうか。その知そのものが、私は日本のものづくりが生み出した成果だと思うんですね。
鳥谷 さらにもう1点、「プロフェッショナル、知の共有」というテーマについて3つお話してもいいでしょうか。
中村 はい。
鳥谷 まず、知の共有の前に正しい情報共有をしなければいけません。そこでよく問題になるのが設計変更です。XVLで作業指示書や取説を作ったときに、設計変更が起こると、何が正しいのかわからなくなってしまいます。そこで「この現在のデータが本当に正しい最新のデータか」とか「設計変更に追従して、工場に正しい指示書を送れるようにして欲しい」というご要望があり、そこが今問題になってきているのです。そこでわれわれは「XVL Contents Manager」というコンテンツ管理システムを開発しました。一般に製品開発の上流工程にCADやPDM(Product Data Management)、PLMがあるわけですが、そこで生じた設変に追従し、XVLファイルとXVLから派生してできた作業指示書などのコンテンツを自動的に管理しようという仕組みです。正しい情報を後工程に流し、正しい知見を作り、正しい情報共有を実現しましょうということに今取り組んでいます。
中村 それはPLMと連携して動くのですか?
鳥谷 完全な連携まではしませんが、PLMから設計変更したという情報があれば、自動的にXVLデータを受け取り、そこから先に自動的に反映されるシステムです。先ほども申し上げましたが、PLMがどんどん進化し、CADデータを設計部門で管理するというところまでは来ています。ところが、そのデータを全社で管理するとなると、各部門で情報の構造が違っていて大変です。そういうことを踏まえて、作業指示のために「XVL Contents Manager」を扱う部門があったり、取扱説明書のコンテンツマネジメントをする部門があったりという形で、分化して情報管理をしっかりやっていこうという考え方の企業も出てきています。
中村 それぞれの部門での適用がわかっている立場でなければ、運用ができないということですね。
鳥谷 その通りです。2番目ですが、開発はSCSKさんが手がけたのですが、トヨタさんのOBの方と組んで「CKWeb」と鳥谷 その通りです。2番目ですが、開発はSCSKさんが手がけたのですが、トヨタさんのOBの方と組んで「CKWeb」という製品開発に協力しました。これは何かと言うと、ナレッジを3Dデータと紐づけて「見える化」しようというもので、1番わかりやすいのがデザインレビューの例です。製品を設計する際、デザインレビューをして、現在の形状で起こっている問題を、全部3次元データと紐づけて管理していくのです。紐づけた事柄に対して、誰がどういう基準でどう判断をして、どうアクションするのかというログを全部記録します。すると次の担当者が異動してきたときにも、この部分でいつどんな問題が起き、そのときはこの室長がこんな理由でこういう判断をしたという記録が全て残っているわけです。そういう情報を共有することによって、同じような間違いを減らしていこうというアプローチを今進めています。
中村 そうなんですか。
鳥谷 これはトヨタさんのOBの方が設立したデジタルコラボレーションという会社と一緒にやっているのですが、完全に言葉を統一していくのです。言葉の定義を厳密にして、言葉も統一して情報を入力すれば、同じ問題が必ず見つかりますし、同じ言葉で正しい検索結果が必ず得られるはずです。きちんと知を管理できるところであれば、こうしたアプローチで3次元データの中に知識を見出すことができるようになるのではないかと考えています。
中村 鳥谷さんは言葉とおっしゃっていましたが、データの同一性を保証していくことは重要ですね。というのもリアルも含めて、現場活動の中で思いつきのデータや発言が意外に多いのです。言葉が揺れてしまうと、何のことを言っているのかわかりません。違うことを言っているとか、話し方は違っていても、じつは同じことを言っているということになると、標準的な評価視点が生まれずに属人的になってしまいます。そういう点が現場活動における大きな課題で、そういう仕組みがあることによって、体系的な運用が可能になっていくわけですよね。
鳥谷 そうなのです。実は、最後の3番目の話ではこの同一性の問題を真逆に解決しようとしています。図研さんが開発した「Knowledge Explorer」という製品です。ナレッジを3次元データと紐づけて管理するというやり方は、確かに知識を整理する体力がある会社ではいいのですが、多くの会社では議事録をエクセルやワードで書いてあったり、ミーティングで配布された資料がそのままの形で流れていたりと、バラバラの情報になっています。言葉の定義も異なり、情報を整理している暇もなく仕事に追われているのが実態なので、システムを導入してもなかなか使われません。そこで、社内外の関連情報を日常に収集してシステムで加工し、必要な情報を利用者にプッシュ配信するのです。製品の設計担当者には「関連する製品で、こんな問題が以前に起こっています」とか、ある部品について「値段は今これぐらいです」といった情報を、社外のWebと内部の議事録から蓄えておき、必要に応じて配信しようというのが「Knowledge Exploler」のコンセプト。こうした真逆の2つのアプローチを、今トライしているところです。
中村 ア・プリオリ(先験的な)とボトムアップという2つの対照的なアプローチですね。「Knowledge Exploler」ではデータマイニングも行うのですか?
鳥谷 そうです。データマイニングもしっかりやっています。
中村 検索のためのハッシュテーブル、いわば「ナレッジ・ハッシュテーブル」のようなものがあって…。
鳥谷 そうですね。たとえば設計担当者も、何か情報があることは知っていても、忙しいから見ている暇がないという状況だと思うのです。そこでデータをある程度整理してあげて、「以前にこの部品ではこんな問題が起こっています」という情報をプッシュでどんどん提供していく。手間をかけずにナレッジを共有する仕組みです。
中村 やはりデータ量が膨大だと、手の着けようがないですから、ナレッジの糸口だけでも出てくるとありがたいですね。もちろん完全な形では難しいですが、個々の人間が手の届くところにナレッジを持ってこなければ、人の力を発揮することはできません。ITツールとは、1人ひとりの人間が手の届かないところにあるデータを、引き寄せてくるものだと思うのです。そういう形で、上から下から、右から左から多次元にわたり、新しい動きが進みつつあるということですよね。
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