第3回 エンジニアリングチェーンを強化し、価値と競争力 の再構築を図れ 前編

世の中を変える新技術や新製品は予定調和から生まれる
中村 そういう価値体系がしっかりできている組織には、どんなところがありますか。
松本 会社組織ではないですが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が意外とそうかもしれません。感覚的な表現になりますが、「何でもやりなさい」という雰囲気があります。そういう風土の中から「はやぶさ」が生まれたと言うのは早計かもしれませんが…。
中村 エンジン、ロケット本体、人工衛星などを大手メーカ数社が分担して手がけており、各社の間でコラボレーションはありません。仕様に合わせて各社がそれぞれのユニットを作り、ロケットを打ち上げるという世界です。それでも「何でもやりなさい」という雰囲気があるということは、ある意味で自由度がまだあるのかもしれませんね。

松本 加えて、現場がきちんと仕事をしています。各社がインターフェイス仕様にしたがって機器を製造しているとはいえ、ここは少し考えなければならないというところがあれば、現場力を活かしてお互いに「すり合わせ」を行いながら、結果的にうまくいっているのです。管理主義ではないからこそ生まれてきた「究極の密結合」とでも言えるようなものが、意図しないところで起きているのではないかと思います。「自然発生的な確実性」とでも言ったらいいのでしょうか。
中村 わかります。ある意味で、予定調和のようなものかもしれません。ロケットに限らず、世の中を変えていく新たな製品や技術というものは、予定調和的なところから生まれていると私は思うのです。たとえば世間が「ドローン」に注目し始めたのはごく最近のことですが、要素技術はかなり前からありました。制御機構や電力・駆動系を始めとする要素技術は、それぞれパラレルに進歩してきたものですが、それらがどう結合したかと言うと、何かの管理モデルがあったからではありません。ドローンという狙いがあったわけではないものの、どこへでもアクセスできるユビキタスな社会の到来が、各技術者には何らかの形でイメージがあった。そういう中で、予定調和的に進んできた技術が、あるときに結合したのではないかと思います。
松本 なるほど。そうなってくると、ここ最近の製造業が志向しているガチガチの管理モデルや経営モデルでは未来につながりませんし、日本が向くべき方向ではありませんね。
中村 基本的に日本が強いのは現場、すなわち下流です。けっして管理がいらないという意味ではありませんが、そこをガチガチの管理モデルで縛るのは適しませんね。
松本 そうですね。たとえばソニーの社員と話していて、「あの人、管理屋なんだよね」という言葉を聞くことがよくあるんです。技術の対極に管理があり、管理屋と呼ばれる人が数字でしか判断しないということを、揶揄しているのだと思います。昔のソニーは、管理屋ではなく技術屋が感性で物事を判断し、それが当たっていたということを言いたいのでしょう。
ミドルとボトムの強さの復権が必要だ
中村 これまで何度か話題にのぼりましたが、良くも悪くも「丸投げ」について、われわれはもう一度よく考えるべきだと思います。すでに述べたように、日本の製造業はこれまで現場力で強みを発揮してきたわけですが、悪く言えばその実態は「とにかく作れ」「やってくれ」「コストを半分にしろ」という丸投げでした。そういう中で、丸投げする人が口を出すだけで、直接、活動にかかわらないという構造が生まれたわけです。松本さんもおっしゃっていたように、本来は経営者が現場に入り、そこでエッセンスを理解して動き、仕事を回していくという現場と経営の関係が必要なのでしょう。でも、そういうことを、かつての中間管理職はできていたのです。
松本 それは同感です。ミドルの強さが日本の強さだったわけですよね。
中村 そうです。そのミドルの強さが、上流からの「丸投げ」の中でうまく機能していたのです。
松本 われわれも中間層の強さが企業の強さであると考えていて、ミドルアップ、ミドルダウンという言葉を最近よく使います。とくに最近、分業が進んだことによる弊害でセクショナリズムが進む中、「自分たちはこの仕事しかしない」という縦割り組織の間をつなぐのは、ミドルがベストだと思うのです。
中村 なるほど。
松本 その一方で、トップが「私たちはこうやっていこう」というメッセージを一気に現場まで落とそうとした場合、どうしても途中で鮮度が薄くなるではないですか。その意をミドルが汲んで、現場に落とすというように、トップダウンとボトムアップの間を取り持つのもミドルの役割。組織間の横のつながりを取り持つのもミドルですから、やはりミドルが強い会社こそ、本当に強い会社だということなりますね。
中村 おっしゃるように、かつてミドルはトップダウンとボトムアップを支えていたのです。ところがいまの大きな問題は、ボトムアップができていないこと。実際、いま多くの企業が、トップダウンで下りてきたことに対して、とにかくボトムで苦労しています。
松本 そうですね。
中村 そのボトムの活動が持つ強みは何かということを、じつは現場も含めて理解していないことが問題です。
松本 現場が、自分たちのやっていることの強みを理解していない、ということですね。
中村 はい。つまり、「自分たちがこの製品を、どうしてここまで作り込むことができていたのか、そのポイントはここで、それをこうしたらこうなった」ということを、ミドルなり経営者に対して説明できないのです。
松本 なぜわからなくなってしまったのでしょうか。
中村 もともと日本の現場は、そこが弱かったのです。それでも以前は優秀なミドルがいたから、それを「翻訳」してもらうことができましたが、最近ではミドルがいなくなってしまったので、さらにモノが言えなくなったのです。ミドルがいなくなってしまった以上、現場に情報発信できる力をつけさせなければなりません。
松本 日本人はこういうものだと決めつけるのは乱暴かもしれませんが、日本人はある意味で、現場主義とは言いなが
ら、部分思考に陥っているのかもしれません。現場の人たちが、自分たちのやっていることの凄さや強さ、確からしさを理解していない理由は、「それしかやっていないから」もしくは「そこしか見ていないから」だと思います。だから、自分がいまのポジションより上の場所から全体を見たうえで、仕事や自分の位置付けを知ることができると、「なぜこれが必要なのか」や「なぜこれが価値なのか」ということがわかり、行動も変わるような気がします。
中村 そうですね。
松本 中村さんは冒頭でヨーロッパの製造業の話をしていましたが、ヨーロッパは陸続きで、ヨーロッパ人は隣の国に遊びに行ったりして自分の国を見ることができるので、部分と全体のバランス思考が日常的に身についています。ところが日本の場合、国から出ること自体がそう簡単なことではないので、部分を全体から俯瞰してみる思考が身につきにくいのかもしれません。
中村 それは同感ですね。今、国とおっしゃいましたが、日本人は会社からもあまり外に出ません。別の言い方をすると、人材のキャリアパスの問題があるのです。日本のいわゆるキャリアパスは、たとえば係長が課長になり、そのあと工場長までいって定年というもので、これはあくまでも社内におけるキャリアパスなのです。一方、グローバルで見るとキャリアにはいろいろな選択肢があり、場合によっては会社を出たりすることにもなるわけですが、いままでの経験を活かし、新しい組織の中で自分の価値をどう発揮するかというのが、本来のキャリアパスだと私は思います。
松本 そうですよね。「自分はこの会社で働いて、こういう形で出世していくのだろう」ということしか考えない人と、同業他社や他業種の会社を見たうえで、「自分はこういうことができる」とか「自分はこういうことがしたい」と、自分の思考をどんどん広げていく人がいると思います。教育の問題もあるのでしょうが、この落差を是正しない限り、日本という国がグローバルに戦っていくことは難しいのではないでしょうか。
中村 私は単なる教育の話ではなく、構造の問題だと思います。だからといって、いまの日本の大企業における構造を全部壊してしまったらいいのかというと、そうではありません。ですが、個人が従来とは異なるフィールドで、柔軟なキャリアパスや価値を築き上げていくことを支援する組織や枠組みが必要だと思います。
松本 そうですね。
中村 海外の企業には、自社のことよりも他社のことをよく知っている人がいます。なぜかというと、多くの社員が転職経験を持っているからです。ところが日本の場合、我々がセミナを開催すると、「他のメーカの方と交流ができるから」という理由でセミナに来られたりします。他社のことをよく知らないので、企業のカベを超えて交流したいと思いが強いと思います。
松本 以前に比べて、社外の人たちと交流しようと思い始めたこと自体は、評価していいと思います。私自身も、「(私は)この会社のことしか知らないので」とか「このセクションしか知らないので」、「井の中の蛙ですから」と言われることが多いですね。
中村 「他の業界のことを教えて下さい」とか、とよく言われるのですよ。
松本 そこを変えていかなければならないような気がします。
取材・構成 ジャーナリスト加賀谷貢樹